JR西は再発防止に全力を 前社長無罪
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120111/trl12011113100016-n1.htm
僕は有罪無罪のどちらが妥当かということについてはわからない。
ただ、安全対策を論じておきながら日々報じられた懲罰的な日勤教育なるものについて審理されないというのはちょいとおかしいのではないかと思った。
まずもって事故現場付近のATSは、自動停止機能こそなかったものの当時の法令に違反する状況ではなかったということ。
つまり普段通りの運行で問題がないのはもちろん、そこに発生を予期しうる不測の事態についても十分対応できるはずだった。建前上と揶揄することもできるだろうが、それはおそらく水掛け論だろう。なんだって求めればきりがないのだから。
速度制御機能がないとしてもATSがあることで、制限速度を失念したり見落としたりして超過した場合に通知できる。運転手がそれに従えば安全運行ができるはずであるし、運転手にそれができない事態があったとしてもかの路線は車掌もいるのであるから非常時でも二重の歯止めがかかるはずだろう。
それをまあ運転手も車掌もATSを無視して70キロ制限設計のところに110キロ越えで突っ込むなんて芸当を、防止するのは自動非常制動付ATSなのか?否、そこでATSが作動して列車が事故を起こさなかったとしても、結局火種は残ったままだろう。
もし新しいATSが導入済みでかの事故が起こらなければ、207系はまた遅延到着か非常停止を余儀なくされ、過剰な社員教育は継続され、かの運転手はどうなったのだろう。
以上のように僕が浅学ながら考えるに事の本質は安全装置ではなく社員教育ではないか。むろん安全装置も考える余地はあるであろうが、後者に触れないというのは本質を論じてないのではないか、と思うのだ。
無論社員教育は無形のもの、客観的に論じるのは難しいのだろう。だがおそらく最も安全について、車両運行について冒涜的なそこを反省改善せずに、どうなるというのか。
なんだか釈然としないままだが、他にかくこともないので終わることにする。


by 奈良人
菅はつづくよどこまでも